蘯莨特穗 高取静山作

高取焼 茶碗
蘯萓纏額
作家プロフィール
明治4年の廃藩置県によって黒田藩がなくなると、九代高取清次郎は黒田家に殉じて窯を閉じます。その後の高取焼宗家の再興は、高取焼中興の祖とされる高取静山(1907〜1983年)によってなされました。静山は、本名を静といい、明治40年、裕福な高取焼宗家の長女として誕生しました。
しかし、父の事業失敗で大学進学を諦め、村の小学校の代用教員になります。その後、勉学のため上京。昼間、保険や雑誌編集の仕事をしながら、夜は日本大学で国文学を学びました。やがて、東京で結婚。3人の子供を育てていたとき、窯を再興するため父十代富基に呼ばれ、東京と九州を往復しながら手助けをすることになります。
しかし、その父が心労のため急逝し、いつしか戦争の波が窯の火を消し去っていきました。戦後、だだ一人の直系子孫である静山よって、1958年(昭和33年)、蘯莨討再興されます。離婚をし、女であることを捨て、世間の嘲笑と中傷、そして貧困と戦いながらの再興でした。時に、青山50歳。
1961年(昭和36年)、第一回の個展を三越本店で開催。それを機に、遠州流宗家十一代宗明宗匠に『静山』を頂き、蘯莨峠衆貘纜蘯萓纏海誕生。
1973年(昭和48年)、初代の生地を探しに韓国を訪ねるも特定するに至りませんでしたが、ソウル市内の新世界デパートで個展を開き、日韓友好の民間外交と高く評価されます。1977年(昭和52年)『炎は海を越えて』を執筆。韓国をはじめ海外より弟子を迎え作陶技術を伝えました。1983年(昭和58年)、75歳で永眠。

 高取焼宗家11代の女流陶芸家高取静山は、10月5日午後3時55分、脳出血のため大分県日田市の日田中央病院で死去した。享年75。明治40(1907)年11月28日、福岡県朝倉郡に生まれる。本名静。日本大学国文科を卒業。小野賢一郎に師事し、秀吉の朝鮮出兵の際黒田長政が連れ帰った陶工・八山を始祖とし明治維新によってとだえていた幸田藩御用窯高取焼を再興すべく、父富基と共に昭和13年個展を開くが、その会期中に父の急逝にあい一時休窯する。同32年再び窯を開き河村蜻山に師事。翌年遠州流宗家12代小堀宗慶に師事し、高取焼11代を襲う。始祖の故国である韓国との交流にも力を注ぎ、同48年ソウルで個展を開催、同53年には韓国の少年を陶工修業のために招いた。薄作りで、沈んだ渋みのある地に釉薬をかけ、釉なだれの面白さと色合いの妙を出す高取焼の伝統をいかし、茶入、水指、茶?など多くの茶器を制作した。日本陶磁協会員。著書に『炎は海を越えて』(平凡社)がある。

寸法
口径 10.5
高さ 8.7
箱 共箱
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